読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Happy New Year!!

明けましておめでとうございます! ダブリンでも年が明けました。留学一年目ということで、年末年始は現地で過ごしました。クリスマスは前大家さんとその日本人の奥様に自宅に呼んで頂き、七面鳥にハム、プディングとアイルランドらしい料理をご馳走になりました。

 

f:id:sonose117:20140106082621j:plain

(Photo courtesty of L. M.)

 

新年ということで、早速抱負を立てました。そのうちの一つは、「ブログを月はじめに毎月更新する」です(笑)昨年の夏から、全く更新が止まってしまっていることは自覚しています。特に何か問題があるわけではないのですが、その後毎月一時帰国やら国内外の旅行やら用事が入り(喜ばしいことですが)、その間の埋め合わせをするために週末も何らかの作業をするという悪循環に陥り(大体月一で指導教授との面談が入る)、結果ブログが放置されてしまっています。自分の生活を振り返るという意味以上に、日本人の多くの方々にとっては比較的に疎遠な国であろうアイルランドを紹介したいという願いがあるので、頑張って更新を続けたいと思います(笑)。

 

元日は、お参りの代わりに、ダブリンで一番古い大聖堂である Christ Church Cathedral (1030年頃建立)に行って来ました。[1]

 

f:id:sonose117:20140106080031j:plain

 

元々はカトリックでしたが、宗教改革後はイギリスに倣いアイルランド国教会(プロテスタント)になっています。『ガリヴァー旅行記』で有名なジョナサン・スウィフト(1667-1745) が主席司祭を務めた St. Patrick's Cathedral と並んでダブリンを代表する大聖堂となっています。流石に元日は人も少なく、ゆっくり黙祷を捧げることが出来ました。

 

f:id:sonose117:20140106080110j:plain

 

さて、ジョイス学者としては教会よりも元旦に「巡礼」に行きたい所があったのですが、生憎クリスマスあたりからイギリス・アイルランドを強嵐が襲い、この日も悪天候で敢え無く訪問を断念しました。。。

 

本日ようやく天候が回復したので、散歩がてらに行って来ました。目的地は ブルズ・アイランド(Bull's Island) というのですが、下の地図(見にくくてすいません)でいうと右の黒線で囲まれた縦長の島です。筆者の家は South Central にあるのですが、せっかくなのでブルズ・アイランドまでの道のりを写真でお楽しみ下さい。進路としては、東→北→北東→東に進む感じです。

 

f:id:sonose117:20140106084144j:plain

 

①近所の近く、運河(Grand Canal)の橋 ー South Central

 

f:id:sonose117:20140105215328j:plain

 

② 前にも登場した、詩人パトリック・カヴァナの像 ー South East

 

f:id:sonose117:20140105220704j:plain

 

③ ダブリン出身の劇作家サミュエル・ベケット  (1906-89) の名前を冠した「ベケット橋」とダブリンを横断するリフィー(Liffey)川沿岸の風景 ー Central

 

f:id:sonose117:20140105222656j:plain

 

f:id:sonose117:20140105222955j:plain

 

④ アイルランドの王ブライアン・ボルー(Brian Boru)とその政敵との合戦 (1014年)が

有名なクロンターフ (Clontarf) [1] ー North Central 

 

f:id:sonose117:20140105231005j:plain

*黄色のバッグは、強風で荒れた波浪を食い止めるための土嚢(どのう)です。

 

⑤ そして歩くこと2時間(予想以上に遠かった)、ブルズ・アイランドに着きました!! 

 

 

f:id:sonose117:20140105235138j:plain

 

f:id:sonose117:20140105235414j:plain

 

f:id:sonose117:20140105235445j:plain

 

何故この場所に来たかったかというと、ジョイスの自叙伝的な小説『ある若き芸術家の肖像 (A Portrait of the Artist as a Young Man)』(1916)の有名なシーンの舞台だからです。主人公のスティーブン・ディーダラス(Stephen Dedalus) は成績優秀かつ敬虔な文学青年。ある日高校(イエズス会)の司祭の目にとまり、聖職者にならないかと誘われたスティーブンは、神を取るか芸術を取るか迷います。悶々とする中、ブルズ・アイルランドに来たスティーブンはそこで目の当たりにした光景に特別な感銘を覚え、芸術家となることを決意します。この感銘は、キリスト教の用語を借用して「エピファニーepiphany)」[3]ともいい、(芸術家にとって)「日常における非日常の現出」を意味します。一部ですが、その「エピファニー」の場面を原文と丸谷才一訳でどうぞ。

 

A girl stood before him in midstream, alone and still, gazing out to sea. She seemed like one whom magic had changed into the likeness of a strange and beautiful seabird. Her long slender bare legs were delicate as a crane's and pure save where an emerald trail of seaweed had fashioned itself as a sign upon the flesh. Her thighs, fuller and soft-hued as ivory, were bared almost to the hips, where the white fringes of her drawers were like feathering of soft white down. Her slate-blue skirts were kilted boldly about her waist and dovetailed behind her. Her bosom was as a bird's, soft and slight, slight and soft as the breast of some dark-plumaged dove. But her long fair hair was girlish: and girlish, and touched with the wonder of mortal beauty, her face. [4] 

 

 「ゆくてに, 流れのまんなかに娘がたたずんで, ただ一人そして静かに海のほうを見つめていた。それは魔法によって珍らかで美しい海鳥の姿に変えられた者のように思われた。 長くてほっそりしたあらわな脚は鶴のそれのように華奢で, 海藻の茎のエメラルドいろが一つ, 何かのしるしのように肌についているほかはまったく清らかだった。 象のように豊で柔らかな色合いのはほとんど臀のあたりまであらわにされ, そこではズロースの白い縁飾りが, やわらかで白い羽毛さながらにのぞいている。 灰いろがかった青のスカートは大胆に腰までたくしあげられ, 後ろで鳩の尾のそれのように柔らかく華奢で, 黒い羽毛の鳩のそれのように華奢で柔らか。 しかし長い金髪は少女らしく,その顔は少女らしくてしかもこの世の美のすばらしさに色づいている」[5] 

 

ブルズ・アイランドからは、ダブリンの街が一望出来ました。スティーブンはその後、ジョイスよろしく「魂の鍛冶場において未だ創られていない我が民族の意識を練る (to forge in the smithy of my soul the uncreated conscious of my race) 」ためにアイルランドを去ることを宣言しますが、住み慣れた街から離れたブルズ・アイランドへの遠征は、若き日のジョイスにとって外の世界へと目を向ける契機となったのかもしれません。

 

f:id:sonose117:20140105235636j:plain

 

 

[1]  公式ウェブサイト:http://www.christchurchdublin.ie/Home.htm

[2] 「クロンターフの戦い」については、このサイト(日本語)を参照:http://www.globe.co.jp/information/history/history-1.html

[3] 元々の用語は、キリスト(神)が三賢者の前に赤ん坊(人間)として顕現した時のことを差します。http://www.mrbauld.com/epiphany.html

 [4] James Joyce, A Portrait of the Artist as a Young Man (1916; London: Penguin, 2000), p. 186. 参考までに引用文の続きです。

 

"She was alone and still, gazing out to sea; and when she felt his presence and the worship of his eyes her eyes turned to him in quiet sufferance of his gaze, without shame or wantonness. Long, long she suffered his gaze and then quietly withdrew her eyes from his and bent them towards the stream, gently stirring the water with her foot hither and thither. The first faint noise of gently moving water broke the silence, low and faint and whispering, faint as the bells of sleep; hither and thither, hither and thither; and a faint flame trembled on her cheek.

—Heavenly God! cried Stephen's soul, in an outburst of profane joy.

He turned away from her suddenly and set off across the strand. His cheeks were aflame; his body was aglow; his limbs were trembling. On and on and on and on he strode, far out over the sands, singing wildly to the sea, crying to greet the advent of the life that had cried to him.

Her image had passed into his soul for ever and no word had broken the holy silence of his ecstasy. Her eyes had called him and his soul had leaped at the call. To live, to err, to fall, to triumph, to recreate life out of life! A wild angel had appeared to him, the angel of mortal youth and beauty, an envoy from the fair courts of life, to throw open before him in an instant of ecstasy the gates of all the ways of error and glory. On and on and on and on!"

 

[5] ジェイムズ・ジョイス 『若い藝術家の肖像』 丸谷才一訳 (集英社, 2009),p. 309.