Where's Your Mama Gone?

あっという間に2月ですね。新学期も始まり、なにかとバタバタしていますが、日も長くなりはじめ若干春の足音がしてきた(?)気もするので頑張って行きたいと思います!

 

さて、前回アイルランドにもトランス・ジェンダーものの映画があると告知したので、一作紹介します。

 

アイルランド人作家、パトリック・マッケイブの小説をもとに、『クライング・ゲーム』(1992)や『インタビュー・ウィズ・ザ・ヴァンパイア』(1994)などで有名なニール・ジョーダンが監督した、『プルートで朝食を』(2005)という、社会風刺のきいたコメディー映画です。

 

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まずは、簡単にあらすじを。幼い頃に自分を捨てて蒸発した母親を訪ねて、パトリック・ブレイドンは、故郷の町(アイルランドのカヴァン州)を離れロンドンに向けて旅立ちます。これだけだと、「母を訪ねて三千里」的な、よくある話なのですが、実はこの主人公のパトリック、『リリーのすべて』の「リリー」のようなトランス・ジェンダー。女である自分に「目覚め」てからは、キトゥン("kitten" =子猫)の異名を名乗り、母を捜す一方で、社会における自分の居場所も模索します。

 

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(キリアン・マーフィー [] 演じる「キトゥン」)

 

トランス・ジェンダーであることで、色々なトラブルにも巻き込まれるのですが、そのうちのひとつが政治的なトラブル。この映画の舞台となる1960後半〜70前半のアイルランドはまさに「トラブルズ Troubles」という名の政治的抗争の真っ只中。1922年以降、アイルランドは北の6州を含む「北アイルランド Northern Ireland」と「アイルランド共和国 Republic of Ireland」に「分断」されるわけなのですが、「トラブルズ」の震源地となったのはイギリス領として残った北アイルランド

 

北アイルランドは、プロテスタント(主にイギリス・スコットランド系)とカトリック(主に土着のアイルランド人)の数が拮抗し、分断前から両者はいがみ合っていたのですが、1968年の公民権運動中に起こった事件をきっかけに対立が先鋭化、北アイルランドの政治的立場を巡って、親英派(ロイヤリスト)と独立派(ナショナリスト)それぞれの過激グループが干戈を交える状態となります(「トラブルズについて」もう少し詳しく知りたい人は、以下のサイトを参照してください。よくまとまっています。http://www.local.co.jp/news-drift/comment-wahei.html

 

作品中、キトゥンはナショナリスト側の過激グループである (P)IRA (Provisional Irish Republican Army - アイルランド共和国暫定軍)のメンバーと関係を持ち(幼馴染のアーウィンIRA に加わります)、「トラブルズ」の実態を間近で見ることになります。これはロンドンに移ってからもです。IRA の標的はロイヤリストにとどまらず、その「親玉」と見なされるイギリス政府・警察にも及びます。「トラブルズ」中はロンドンでも度々爆弾テロが起こるのですが、映画中でもキトゥンが訪れたナイトクラブが爆撃され、アイルランド人という身元がら、IRA による爆弾テロの首謀者と疑われたキトゥンは拘置所に連行され、そこで警官から荒い尋問を受けます。

 

と、「トラブルズ」の渦中に身を置くことになるキトゥンですが、当の本人はナショナリスト、ロイヤリスト、はたまたイギリス側にも与しません。IRA、イギリスの警察官とも懇意になるのですが、「トラブルズ」の話になると「ああ、おっかいない、おっかない、おっかない」("Oh its serioius, serious, serious")と、政治的抗争に没頭する男たちを小馬鹿にします。終始こういう態度なので、「キトゥンは自己中心的でおちゃらけてて観てて退屈だ」と評する人(http://www.theguardian.com/culture/2006/jan/13/2)もいるようですが、自分はそこにこそ監督の真意があるのではないかと思います。

 

というのも、「トラブルズ」に全身全霊でコミットしていたのは過激派を含むごく一部の人たちで、アイルランド人(そしてイギリス人)の大半はキトゥンの様に抗争を多かれ少なかれ厄介ごととして見ていたと思うからです。ビリー・ハチェットやアーウィンも、実際は IRA に対して少なからずわだかまりがあることが作中で明らかになりますし。「アイルランド男子たるもの傍観はしていられない」というマッチョイズムがなんとなく蔓延する中、あえてキトゥンのような役柄を作ったのは、「トラブルズ」を展開する過激派に対する男子(そして女子)の本音を代弁させ、そのような風潮を暗に批判する意図が監督にあったのではないかと思います。

 

と、やや重苦しい解説になってしまいましたが(笑)、映画は基本的に軽いタッチで、ユーモラスな内容となっています。背景となる「トラブルズ」について少し知識があると、話の展開も追いやすくなると思うので、まだ観たことのない方はこの機会にぜひ。

 

次回は主演のキリアン・マーフィが出た別のアイルランド映画をご紹介します。

 

 BGM

 

タイトルは、映画中にかかっていた、ミドル・オブ・ジ・ロードの曲のタイトルをそのまま使っています。"Where's My Mama Gone" をはじめ、作品中は物語のあらすじを効果的に暗示する内容の1970年代の曲が多く使われています。改めて自分は1970年代の曲が好きなことに気付かされました(笑)よければご視聴下さい。

 

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