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When the French were on the Sea

こんにちは。ダブリンは本格的に春となり、快晴の日が続いています。

平均気温は10〜15度。日本だと三月くらいの気候でしょうか?

ジャケット無しに外を歩くのはまだ厳しいですが、室内ならTシャツでも

大丈夫という感じです。天気の良い日は、とても空が綺麗です。

 

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先週の日曜日はダブリンから電車で20分ほどの所にある、サンディコーヴ (Sandycove) にあるジェイムズ・ジョイス・タワーに行ってきました。左手の岬の根っこ付近に見えるのが、そのタワーです。この日も天気が良く、遊泳者も結構いました。

 

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正式にはマルテロ塔(Martello Tower) といい、ナポレオン戦争 (1799-1815)の際、沿岸防備の為に造られたそうです(塔内にある案内板によると全部で15基あるらしいです)。塔は円形で、見晴らしのいい丘の上に立っています。左手にある建物が入り口です。

 

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何故サンディコーヴのマルテロ塔がジェイムズ・ジョイス・タワーと命名されたかと言うと、 実際にジョイスがここに間借りしていたことがあったのです。ジョイスがマルテロ塔に住んでいたのは1904年の9月9日から15日まで。当時はもう要塞として機能しておらず、年間8ポンドの家賃を払って、ジョイスの悪友オリバー・セント・ジョン・ゴガティ(Oliver St. John Gogarty)が英国(当時アイルランドはまだ英国の一部)の陸軍省(War Office)から借り受けていました。

 

ジョイスの他に、ゴガティが留学していたオックスフォード大学の友人、サミュエル [ダーモット]・シュネヴィクス・トレンチ(Samuel [Dermot] Chenevix Trench) というイングランド系アイルランド人(Anglo-Irish)が居候していました。トレンチは、熱狂的なアイルランド語復興運動(Gaelic Revivalism ーこの運動についてはまたいずれ詳しく)の支持者で、'What is the Use of Reviving Irish?' というトレンチが書いたパンプレットが塔内の博物館に展示してあります。

 

さてこのトレンチですが、少々精神が不安的な人物だったらしく、14日の夜にいきなり「黒い豹がいる!」などと寝言を言ったと思ったら拳銃を取り出し、暖炉の横にあったジョイスの寝床のすぐ上の場所目がけて発砲したらしいです。これに取り乱したジョイスは、深夜なのにも関わらず塔を出て、そのままダブリンに向かって歩き出したのが最後、二度とこの地に戻ることはありませんでした。筆者もジョイス・タワーからダブリンまで、同じ行程を歩いてみたのですが、ゆうに二時間かかりました 。。。 塔の二階は当時の生活が再現されていて、面白いことに黒豹の置物があります。ジョイス・ファンには分かる、ちょっと粋なはからいですね(笑)

 

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そんなエピソードがあるサンディコーヴのマルテロ塔ですが、実は『ユリシーズ』の最初の挿話の舞台となっています。ジョイスは実際の知り合いを作品の登場人物として使うことが良くあるのですが、ご多分に漏れず、ゴガティとトレンチも、それぞれバック・マリガン(Buck Mulligan) とハインズ(Haines)として登場します。興味深いのは、『ユリシーズ』ではハインズは生粋のイングランド人として設定され、主人公の一人(ジョイスがモデルになっている)スティーヴン・ディーダラス(Stephen Dedalus)との対比がより明確になっていることです。第一挿話にはイングランドとアイルランドの関係を巡って二人が対峙する、有名な場面があります。

 

―「僕はふたつの主君のしもべなんだ ... イングランドとイタリアのね」(1: 638)

 

―「イタリア?」ハインズはまた聞いた。「どういう意味だい?」(1: 642)

 

―「大英帝国」頬を紅潮させながらスティーヴンは続けた、「そしてローマのカトリック、使徒教会」(1: 643-44)

 

とスティーヴンが言うと、ハインズはこう返します。

 

ー「僕には君の言い分がよく分かるよ、彼 [ハインズ] は落ち着いて言った。こう言っちゃなんだが、アイルランド人ならそう考えるだろう。イングランドでは、君たちをやや不当に扱ったと思っている。僕に言わせれば歴史が悪いのさ」(1: 647-49)

 

被支配者としての言い分をぶつけるスティーヴンと、それをさらりと受け流すハインズ。「歴史が悪いのさ」(It seems history is to blame) という受動的な文には、責任を自分(=イングランド人)以外に転嫁しようとするハインズのご都合主義が透けて見えます。このように、『ユリシーズ』ではマルテロ塔が象徴的な次元でアイルランドの縮図となり、居座るイングランド人を尻目に塔を去るアイルランド人(ジョイスは数ヶ月後に祖国を離れます)のモチーフが劇化されています。

 

ユリシーズ』を純粋に文学論的な文脈で解釈することも出来ますが、アイルランドの歴史や文化を知らないと、上のようなやりとりの含意を充分理解することは難しいでしょう。作品に登場する場所を訪れるとその場面がイメージし易くなるし、とても有意義な体験だと思いました。現地の文化や歴史を肌で感じ、少しでもアイルランド人としてのジョイスの感性に近づこうと思います。

 

第一挿話は美しい表現の条りも多く、個人的にとても好きな挿話です。

百読(?)は一見にしかず。最後に塔の屋上からの光景を原文でどうぞ。

 

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'Woodshadows floated silently by through the morning peace from the stairhead seaward where he gazed. Inshore and farther out the mirror of water whintened, spurned by lightshod hurrying feet. White breast of the dim sea' (1. 242-45)

 

       References

- Ellmann, Richard.  James Joyce, new and rev. ed. (1959: Oxford: Oxford University Press, 1983).

- Gifford, Don with Robert J. Seidman. Ulysses Annotated, rev. and enlarged ed. (Berkeley: University of California Press, 2008).

- 'NO. 11 Martello Tower, Sandycove'. Plaque in the Tower